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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)286号 判決

上告人 株式会社四国銀行

右代表者代表取締役 吉村眞一

右訴訟代理人弁護士 竹田章治

被上告人 有限会社京や不動産

右代表者代表取締役 永田譲治

右訴訟代理人弁護士 秋守勝

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人竹田章治の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係によれば、(1) 被上告人は、昭和五五年三月三日、建築請負業者である訴外山傳建設株式会社(以下「山傳建設」という。)との間で、工事代金を一億六三五〇万円とする被上告人の本社ビル建築請負契約を締結した、(2) 山傳建設は、昭和五五年一〇月二〇日上告人から四〇〇〇万円を弁済期同年一一月二九日の約定で借り受けるにあたり、同年一〇月一八日、右借受金債務の担保として、右請負代金のうち四〇〇〇万円(以下「本件請負代金」という。)を被上告人から取り立てて受領する権限を上告人に授与するとともに、自らは被上告人から取り立てないこと及び右授権を一方的に解除しないことを約した、(3) 被上告人は、右同日、上告人に対し、山傳建設と上告人との間の右代理受領契約(以下「本件代理受領」という。)の内容を了承し、本件請負代金を上告人に直接支払うことを約した、(4) しかるに、被上告人は、同年一〇月三〇日以降、四〇〇〇万円以上の請負残代金を山傳建設に支払い、これにより本件請負代金は全額支払ずみとなつた、(5)前記ビル建築工事は完成し、同年一二月七日山傳建設から被上告人に引き渡されたが、山傳建設は同月頃倒産するに至つた、というのであり、右事実関係のもとにおいて、山傳建設は上告人に対して負担する債務の担保として本件請負代金の取立を上告人に委任し、上告人はその取立権能を取得したにすぎず、被上告人が、本件代理受領を承諾したことにより、本件請負代金を直接上告人に支払うべき債務を負担したものと解することはできないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

記録によれば、所論の主張を記載した上告人の昭和五七年一〇月六日付準備書面は原審口頭弁論期日において陳述されていないことが明らかであるから、原審が右主張について判断しなかつたことに所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

原審は、単に事実認定としてだけではなく、所論の法律上の主張についても判断していることが、その説示に照らして明らかである。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。

同第四点について

原審は、(1) 前示の認定事実に基づき、被上告人が同年一〇月三〇日以降四〇〇〇万円以上の請負残代金を山傳建設に支払つた結果、上告人は、山傳建設に対する四〇〇〇万円の貸金債権の担保たる代理受領権を喪失する一方、山傳建設が昭和五五年一二月頃倒産したことにより、同会社から右貸金の弁済を受け得ないこととなつたものとしつつ、(2) 上告人の山傳建設に対する貸金については、訴外株式会社コハラビル及び同小原昌が連帯保証しており、右両名は右貸金を弁済するに足る十分な資力を有しているとの事実を認定し、このように一個の債権が複数の担保提供者が提供した数種の担保によつて担保されている場合には、担保全体を一個の担保と考え、一種の担保が失われても残存する他種の担保によつて十分に担保されているときは、担保の喪失による損害はないものと解すべきであるとしたうえ、本件においては、上告人の山傳建設に対する貸金債権は、本件代理受領権が失われても、資力の十分な連帯保証人によつて十分に担保されているのであるから、上告人には代理受領権の喪失による損害はないというべきである、として、この理由により、上告人の被上告人に対する不法行為に基づく損害賠償請求を棄却すべきものと判示している。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。この理由は、次のとおりである。担保権の目的物が債務者又は第三者の行為により全部滅失し又はその効用を失うに至つた場合には、他に保証人等の人的担保があつて、これを実行することにより債権の満足を得ることが可能であるとしても、かかる場合、債権者としては、特段の事情のない限り、どの担保権から債権の満足を得ることも自由であるから、そのうちの一個の担保が失われたことによりその担保権から債権の満足を受けられなくなつたこと自体を損害として把握することができ、他に保証人等の人的担保が設定され、債権者がその履行請求権を有することは、右損害発生の障害となるものではないと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(オ)第四〇五号同四五年二月二六日第一小法廷判決・民集二四巻二号一〇九頁参照)。これを本件についてみると、被上告人は、本件代理受領を承諾しながら、その目的である本件請負代金四〇〇〇万円を山傳建設に弁済したのであるから、これにより、被上告人が山傳建設に支払うべき本件請負代金を代理受領することによつて山傳建設に対する四〇〇〇万円の貸金債権の満足が得られるという上告人の財産上の利益が侵害されたというべきであつて、それ自体を上告人に生じた損害と認めるのが相当であり、訴外株式会社コハラビル及び同小原昌が山傳建設の上告人に対する右貸金債務について連帯保証していることは、右損害発生の障害となるものではなく、そのことは右両名の弁済資力の有無とはかかわりがないというべきである。そうとすれば、被上告人が本件請負代金を山傳建設に弁済した結果、上告人が山傳建設に対する四〇〇〇万円の貸金債権の担保たる代理受領権を喪失したことを肯定しながら、連帯保証人である訴外株式会社コハラビル及び同小原昌が右貸金債務を弁済するに足る十分な資力を有していることを理由に、上告人には代理受領権の喪失による損害はないとした原審の前示判断には、不法行為の成立要件に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決を破棄し、本件について更に審理を尽くさせる必要があるので、原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)

上告代理人竹田章治の上告理由

第一点

上告人の被上告人に対する金四、〇〇〇万円の請負代金の請求につき、原判決はその理由中第二項3において「控訴人が本件請負代金債権が自己に帰属するものとしてする請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である」と判示し、上告人の主張を排斥している。しかしながら右認定は、上告人の主張を誤解しその結果判断を遺脱したものであり、また契約の成立に関する法令解釈、適用を誤つた違法がある。

一 被上告人は上告人に対し、昭和五五年一〇月一八日訴外山伝建設株式会社に支払うべき請負代金のうち金四、〇〇〇万円について上告人に直接支払い、訴外会社に支払をしないことを承諾し原判決も右の合意が有効に成立しかつ無効になるべき原因も存しないことを認定している(理由第二項2)。

したがつて上告人と訴外会社間では代理受領契約にもとづき「取立委任」の法律効果が、上告人と被上告人の間では被上告人の直接支払承諾の意思表示にもとづき、被上告人が上告人に対し「直接請負代金支払の義務を負担する」法律効果が生じたものである。

上告人は被上告人に対し、第一審から一貫して後者の合意にもとづく契約上の責任を求めているのであり、上告人が請負代金債権自体を取得したことを前提に被上告人に対し請求しているのではない。

この点原審の事実摘示は誤りであり、そもそも請負代金債権取得と代理受領契約は矛盾する概念である。

二 契約の成立により、その当事者が合意した内容に従い債権を取得しあるいは債務履行の責任を負担するのは契約自由の原則にもとづく私法上の基本原理である。

一般の保証契約あるいは債務引受契約の場合のように、本来の債務者でないものが債務負担の意思表示のみにもとづき、本来の債務者と重畳的にあるいは交代的に債務を負担することがあることも当然であつて、代理受領の場合の請負代金支払者の「支払承諾」もこれらと同一に解されてよい。

支払承諾のなされた代理受領制度は、金融機関をはじめ広く会社に定着しつつある担保の一形態であり、原判決は社会のすう勢を無視した机上の法律論でもある。

三 以上のとおり原判決は、上告人と被上告人間の合意の成立を認めつつ、上告人の主張を誤解し支払承諾をした場合の代理受領契約について判断を遺脱している。

また被上告人の支払承諾があつても、代理受領契約の場合のみはこの効果を否認する趣旨であれば、これは明らかに契約成立に関する私法上の基本原理と矛盾し、法令の解釈を誤つたものであり、これらの違法はいずれも判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は失当であつて破棄されるべきである。

第二点、第三点〈省略〉

第四点

原判決はその理由第六項において、不法行為にもとづく損害の発生を否定している。

しかしながら、これは明らかに法令の解釈を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

一 原判決は「本件貸金債務は、代理受領権が失われても、資力の充分な連帯保証人によつて充分に担保されているのであるから損害はないというべきである」と判示している。

しかしながら、担保権の侵害が不法行為に該当することは通説判例の認めるところである。本件についてみれば、被上告人の違法行為により上告人が代理受領権という担保権を喪失したことは原審も認定しているのであつて、不法行為が成立していることは疑の余地がない。

二 たとえば、十分な資力を有する債務者自身が抵当目的物を侵害した場合でも、担保権者は担保物件から第一次的に弁済を受けるべきものと考え、滅失毀損によつて担保されなくなつた債権額だけの損害を受けたとして、その損害を認めるべきであるとするのが通説である(加藤一郎、有斐閣「法律学全集二二巻不法行為一四九頁ほか)。

他に連帯保証人のあることは不法行為の成立に消長をきたさないのは当然である。

連帯保証人の存する場合、不法行為の成否を判断するためには保証人のすべての資産およびその処分価値、強制執行による取立の可能性等を審理の対象としなければならないのであろうか。

原審のように解すれば、違法行為をした被上告人が責任を免れ、善意の連帯保証人が責任を問われる結果となり不公正であること明白である。

三 民法の共同不法行為あるいは数人の連帯保証人に関する規定においても、債権者は訴求等の相手方を自由選択しうるのであつて、本件のように不法行為者と連帯保証人が共存する場合も同様に解されなければならない。

不法行為者に対する請求を、特に後順位にしなければならない理由はない。

以上のとおり原判決は、不法行為の成否に関する民法の規定の解釈を誤つたものであり、同法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄されるべきである。

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